白い明日は
開け放たれた窓の桟に積もった雪を、指ですくう。女は鼻先を刺す夜気を努めて無視しながら、いきものの熱ですぐに溶け始める雪をカップの中に落とした。すこし濃すぎるチョコレートを薄めるにはそれでも足りない。鎧戸を閉めて、冷えた両手を温かいカップに添えれば、すでに雪は姿を消していた。
こんな冬の夜には、甘く温かいものが欲しくなる。それは心と身体、どちらのせいなのか。たっぷりの砂糖が盛り込まれた飲み物を口に含むたびに、そんなとりとめのない考えが甘みの中に浮かんでは消えるようだった。ここしばらく続けている奇妙な、しかし実入りは良い仕事でちょっとした蓄えが出来たこともあって、ギルドに足繁く顔を出して依頼を漁る必要もない。こうした経緯で、いつもならどこかで震えながら野宿をしていることもあったであろう女は、宿の明るい部屋で暇を持て余している。
(冬眠でも出来ればね)
どうせ暇なら誰かに連絡でもとってみるかと、机に投げ出された青い石をつまみ上げた。いくつかお馴染みの顔を思い浮かべたが、女は結局その案を取り下げると、こつんと音を立てて石を机上に戻す。どうせ人間は冬を眠って越すことなど出来ない。冒険者ギルドに在籍している他種族の知り合いたちにも、そういう習性はなかったはずだった。だからこんなことをしなくても、また明日にでも会うだろう。
チョコレートをまた一口すすって閉めたばかりの鎧戸をすこしだけ開ける。外を見れば、静かに降る雪と光の漏れる窓の群れがあった。ルセルトリと来ればここと女が決めているこの宿の一室からの景色も、とっくに見慣れたものになっている。
(そうそう、また明日……)
その明日はいつまで続いていくのだろう?
この夜に浮かび上がったうちのひとつに過ぎない問いは、例にもれず甘ったるい熱に呑まれてすぐに消えた。