栄光の剣
騎士ブレカは聖典と己の職務にあくまで忠実な男として知られ、類稀な剣術の才を備えていた。村を襲った盗賊が残したわずかな痕跡からその拠点を探り当て討伐へ導いた少年時代、巡礼者として出掛けた先で横暴を働いていた教会の兵士との決闘に応じ改心させた青年時代、正騎士として初めての戦いで自身が負った傷も意に介さず多くの負傷者を救出した新人時代、どこを切り取ってみても彼は誰もが賞賛してやまない模範的な《聖典派》教徒であり騎士だった。周囲からの評価を裏切ることなく使命に努め続けていくうち、彼はやがて崇天教会で剣を持つ者の中でも数少ない聖騎士の称号を与えられ、西方王家にも一目置かれるまでになる。
しかしそんな彼にも欠点と言うべき一面がひとつあった。それは刀剣への強い執着である。彼は古今東西の様々な逸品の話を聞きつけては、金に糸目をつけず直ちにその入手に動いた。聖典は物品への執着を咎めてはいないものの教会組織はそういった嗜好を否定的に見ており、ともすれば蒐集した品を没収される可能性が大いにあったため、彼の活動は秘密裏に行われていた。
そうして築き上げられたブレカの秘密の武器庫には、西方のみならず帝国や東方連邦の名剣までもが収められることになった。さらにそれぞれがもつ逸話や製造者の名、生い立ちまで、知り得る限りすべての情報が添えられている。それは彼の手足となった従者たちもまた主人と同様に非凡な能力を備えていたことを示しており、その活動範囲と持ち帰る情報量は同時代の大陸において最高の情報収集機関と呼んで差し支えないほどだった。
一方で、ブレカは自身が集めた剣を実戦に活用することはなかった。西方でも指折りの卓越した剣士であり、また多くの戦いを経験してきたブレカはそれらの有用性を誰よりもよく知っていたが、戦場に持ち出すのは騎士に叙された者が最初に支給される、何の変哲もない騎士剣だけだった。武器の本分は戦闘にあり、いくつもの強力な武器を持っているにもかかわらず適切に用いないということは一種の利敵行為とも言える。そのうえで何故。彼の従者は誰しも非常に高い忠誠心を持っていたが、ある時ひとりの従者が堪らずブレカに問いかけた。私は蒐集家だからな、とはっきりした口調でブレカは答え、慈しむように腰に帯びた無銘の剣の柄に手を掛けると静かに抜き放ち、従者の目の前に掲げる。そしてこう続けた。
「私たちの騎士たる証を見よ。私は一生を賭け、この剣をどんな名剣にも劣らぬものにしてみせよう。そして私が倒れたその後で、最後の棚をこの一振りで飾るのだ」
それから長い時が流れ、西方王国がいくつもの国々に分たれた混乱の時代、ある特務騎士が廃墟と化して久しい館の地下に隠された区画を発見する。そこは世界のあらゆる蒐集家や剣士たちがその行方を知りたがり、しかし杳として知ることの出来なかった無数の名剣が収められた部屋だった。注釈の添えられた飾り棚の間を抜けると一面の壁には教会式の祭壇が設けられており、本来聖典が置かれるはずの場所には一振りの抜き身の剣が古びた鞘とともに横たわっている。この剣だけには詳細な説明がなされていなかったが、同型のものを帯びている特務騎士にはこれが崇天教会の騎士の証だということがすぐにわかった。彼は総主から直々に下賜されたものを扱うかのような手付きで刀身を鞘に納め、それを手に報告のため帰路についた。
その後、部屋は教会によって接収され、所蔵品は戦乱の最中にある西方各地で大いに活用されていった。しかし唯一、戦場に出されることなく丁重に保存された剣があった。調査により使い手が判明するとまもなく『騎士の栄光』と呼ばれるようになったその剣は今、崇天教会《聖典派》騎士団本部の大聖堂で、新たな騎士の誕生を見守っている。